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まぶたの外から押し寄せる眩しさに、ククールは目を開いた。朝だ。日はすでに高い。天窓を飾る太陽は白銀に燃え、暖炉の火はもう消えている。ククールは起き上がる気にならず、気だるく横たわって傍らのマルチェロの上に無造作に腕を投げかけた。眠り続けるその様子にはうかがう限りわずかな変化もないが、唇に指先にいまその感触は確かで、夜のうちに奪った多くの記憶もまだ生々しい。ククールは兄のわき腹に耳を押し当てて鼓動を聞く。温度は一定でその音の一つひとつは力強く確かだ。 この手を伸ばして腕の中に閉じ込めれば、とククールは考える。それで俺はあんたの体を捕まえたことになる。それは確かだ。だが目に見えず手に触れることもできない魂とあっては、手には負えない。それでも、この手と胸にばかり、痛いほどのこの思いは理不尽にも止むことはない。 ククールは顔を上げた。丸い天窓からの光は寝台の上に溢れ、黒髪の男の上にもまた惜しみなく降り注ぐ。背を伸ばしてその耳元に唇を寄せた。 「『火と水を越えて、あなたは還る』」 寝起きのかすれた声で、古い祈りを囁いた。寝台の上ではいささか不謹慎であると兄は言うかもしれぬ。だが真情はもとより、告悔室の中に閉じ込めておけるものではない。だからククールは続けた。 「『虚飾の暗がりと死の荒野から、あなたは還る。 悪と惑わしから出て、あなたは還る。 恐れと諦めに捕われるな、 見えず聞こえずとも一筋の糸があなたを導き、 いつの日か必ず、あなたを光のもと永遠の家に連れてゆく』」 マイエラ修道院でオディロ院長が愛し、しばしば口ずさんだ飾り気のない章句が伝える意思は明確で力強かった。かつては音楽性に欠けるきらいがあると思って敬遠していたが、今はその響きの素朴な美しさがわかった。 「そんでも、院長が口にすると、お経みたいで……」 呟きかけて、ククールはふと息を止めた。横たわるマルチェロのまぶたがかすかに震えている。目覚めようとするかのごとく、長い睫毛が揺らいで。胸の上にその呼吸が乱れ。今まさに。 「――……」 それでもそのまぶたは引き上げられず、今では記憶の彼方に遠ざかった碧の瞳もあらわれなかった。マルチェロは静かに横たわるばかりだ。ククールは黙って銀髪の頭を掻き、ひとつ大きく伸びをした。惜しみない朝の光はその髪に顔に、あらわな胸に背に豊かに落ちる。 は、と、一つ吐息を落とし、ククールは言った。 「俺は七年待った。いまさらもう少し待たされたって、大したことはない」 七年前と変わっただろうか。背が伸び、体も強さを増した。髪が伸びた。だが。止まったまま動かないものがある。凍りついたものが。親友たちのように何かを始め、本当に生活し生きるためには前提として備えていなければならない何かを失くしたような。一続きの長い夜に迷いこんだような。 「――マルチェロ、あんたが起きてくれたら。俺があんたを見つけたように、あんたが俺を見つけてくれたら。そして俺の名を呼んでくれたら」 それ以上は言わなかった。言葉にするにはそれはあんまり長いあいだ胸のうちにしまい込まれ、そして多くの思いを帯びすぎていた。ククールは背をかがめ、兄の胸の十字の上に敬虔に口付けした。 マルチェロが目覚めたのは、それから三日目のことだった。 |