ククールは兄の横たわる寝台の脇の椅子にかけて、古びた祈祷書の項をめくっていた。それがここのところ、兄弟の眠りの前の習慣だった。窓の外では春まだきの寒風が吹き、ときには狼の吼え声が聞こえても、堅牢な壁の内側には熱と光がある。信仰と。 「そりゃ、あんたが朝の祈りを好きなのは知ってるけどよ、今は夜だぜ?」 ククールがぼやき、金箔の型押しも褪せた祈祷書のページを繰った。 「たまには女神の頌歌にしないか?」 「おまえの好みだろう、それは」 「いいだろ、別に」 マルチェロは微笑した。ククールは結局のところ、兄には弱い。唇を尖らせて譲歩し、祈りの召歌を代案として提案する。兄は同意し、先に立って韻律豊かな祈祷を詠み始めた。全ての祈りを暗記しているマルチェロには祈祷書は必要ない。傷を負って臥せっていてもその声は力強く、文面を追うククールの方がよほどおぼつかないほどだ。 太陽にまさる光輝ありや、天にまさる高みありや。 祈りに集え、霊の家に集え。 来れ、祈れ。ホサナ。 永遠の主はもろ手を広げ、御家に我らを迎え入れたまえり。 揺るぎ無き庇護と許しのもと祈れ。ホサナ。 「おまえがいかに真面目に礼拝に参加していなかったかよくわかる」 これだけの短い祈りに三度ばかりもとちったククールに、マルチェロはちくりと棘を刺した。 「そう言うなよ」 弱りきって頭を掻いた弟に、マルチェロは笑った。ククールも笑った。 「なあ、変な話だが、俺たち、就寝の祈りを一緒に唱えたことはないな」 ふと気づいたようにククールが言った。マルチェロは弟を見上げた。 「あんたも提案しないし、俺もしようって言わない」 「どうしてだ?」 「そりゃ、ね」 ククールがついと視線を逸らした。壁のあたりを見上げて言う。 「俺は寝る前には一人で祈る必要があるんだよ」 「奇遇だな、私もだ」 「へえ、何を祈ってる?」 興味を惹かれたようにククールは兄の顔をのぞきこんだ。マルチェロが笑った。 「おまえはどうだ?」 「言わないさ」 「私もだ」 そこで二人はそれぞれ就寝の挨拶を交わし、部屋の明かりが消えた。 |