Crap!....

拍手御礼第六弾
【その1】
 葡萄色したガラスの水差しが置かれている。初夏の午後の庭のあずまやにあって、澄んだ冷たい水を満たし、無数の水滴を滴らせたそれはひとつの宝石だった。生きた緑の屋根は、わずかに風の吹くそのつど、輝く光を糸のように透した。葉は揺れ、蔓は揺れて、光は水に映り、美しかった。
 その日陰には藤を編んだ長椅子があって、いまそこには、一組の母子がいた。同じ黒髪の母と子で、長い巻き毛を上げた母親は、風にそよぐ柳のように頭を傾け、もう半ば眠りながら、ときどき膝の上に身を寄せる子供に気をつけた。
 そのやさしい視線のなかで、さきごろ三つになったばかりの子供はすっかり眠っていた。無心に眠り、揺れる光と風は、そのやわらかい頬を愛撫していた。
 
【その2】
 黄金の高杯から神父は指先に水をとり、生まれたばかりの赤子の額に触れた。銀の産毛をかすかに額に飾り、真っ白いレースの産着にくるまれた赤子は、同じ銀の髪を高く上げ、宝石の髪留めを飾った母親に抱かれている。
 天窓から、また色ガラスでかざられた飾り窓から、光は聖堂にあふれ、杯の水に映ったゆらめきは高い灰色の石の天井を照らして美しかった。神父が祈りのことばを呟きながら退くと、銀の髪の母親は敬虔に膝をついた。赤ん坊は小さな手を開き、握り、また小ちゃな口を開き、上機嫌に唸って、明るい青い瞳は天井に揺らめく光を追いかけた。
 
【その3】
 満月の丘から見下ろした風景は広大で、ゆったりと天の果てから果てまで流れていく綿のような雲さえ青く、ひどく物悲しい思いを掻き立てる。丘を源にずっと向こうまで続く細い川は、月光を映してぎらつき、白く輝くリボンのようだ。
 この手を伸ばしたら、と、ククールは考える。この両手を伸ばしたら、この大地を抱き取れるだろうか。この大地ごと、あんたを抱き取れるだろうか。
 いいや、とククールは悲しく思う。この手からこぼれて落ちるものは、あんまり多い。この手で落下を支えることのできるものは、ほんとうにわずかだ。こんなことを思うのはただ、流れて流れてやまない川のせいだ。ああ、吹き上げる風が妖精のように軽やかに丘を渡り、慰めるように銀の髪を揺らしていった。
 
【その4】
 白くかすんだ海峡のむこうに、陸地の影は薄く引いた墨の線のようにぼやけて見えた。波に船べりを洗われながら、風を受けて帆船は進んでいく。ゴルドへの航海のあいだ、風はずっと順調だった。潮は青黒い瑪瑙のごとく渦を巻く。波はサファイアかトパァズの明るい青で、砕ければ金剛石。輝きつつ輝きつつたたないあふれ、船尾には長く長く白い水泡が流れた。
 マルチェロは、両側に目の形を描いたへさきに立ち、行く手を見つめていた。潮風は頬を打ち髪を乱し、飛沫はときおり散った。足速く波を乗り越える船は揺れにやさしく揺さぶられ、帆は風をいっぱいに受け、索具は揺れている。
 
【その5】
 泉は深い。昼に見るよりも深い。夜半、夢見るようなほのかな光を放つ泉にマルチェロは膝をかがめ、てのひらで水をすくった。乾いた唇を湿らせ、喉をうるおす水はいっそ甘いよう。さざなみは乳の色して水面をすべっていった。それは幾重にも反響して泉を満たし、そしてやがて消えていった。 
 ああ、と、マルチェロは声にならぬ嘆息をこぼした。あたりはすべて闇。耳の痛みさえ感じるほどの沈黙に満ちている。手と膝から力を抜いて、柔らかな草の上に横たわる。信じがたいほどの安堵が胸のうちに広がり、目を閉じた。
 やがて朝もやのかかる頃、一羽の鷲が、不思議な泉から飛び立つだろう。  
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