In the Dark....

 闇の中を行く影がある。しのつく氷雨のさなか、夜のさなかを行く影が。野の獣さえこのような夜には湿った巣穴にこもり、長い尾を巻いて眠るというのに。男は腕から流れる血で黒い雨をなおも黒く染めて、歩き続ける。すでに凍え痺れて手足の感覚はない。耳を打つ雨の絶え間ない音に呪われでもしたよう歩む。ただひたすらに。
 遠い昔、やはり私はこのように走った、と男は闇に言った。このように走り、だがそのときは神を信じていた。罪を恐れていた。今はもう信じていない。恐れてもいない。なぜなら私はすでに神を遠く逃れ、罪は私を猟犬のように追い立てる。だからここにあるのはただの闇、ただの寒さだ。それでも習い性は消えぬとみえて、祈りの言葉は稲妻のように身内に瞬き、この暗い心を物凄まじくも照らし出す。
 
    御身の手は長く、地平の果てより
  朝を見たり                恐れよ
              裁きの日や来たらん
 
     許しを請うべし。さらば与えられん。
 
 ここは出口のない暗闇、迷宮だ。遠い昔に迷い込んで以来、ただひたすらに迷っていたのだ。多くのものを得たと思っていたがすべては幻にすぎなかった。真っ直ぐに進んでいたと思っていたというのに、すべては惑わしにすぎなかった。許しなど求めはせぬ、と、男は言う。
 罪は猟犬のように男を追いかけ、生臭い息吹は首の後ろに触れてくる。神と人とに対する罪のなんと速い足を持つこと。心安らぐことはもはやない。野の獣でさえ巣穴を持つが、男はただひた走りに逃れるよりほかない。
 夜が一重に幕を下ろし、雨が三重に幕を落とした。逃げる男の姿はこの世ならぬ夜半の闇に消え、もはや足音も残されぬ。
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