Darker than Dream....

 俺はこんなことを望んだのだろうかとマルチェロは自らに問い返す。きしむ肌とうめき声。際限もなく肌を探る指とこすりつけられる熱い手のひら。どことなくなにとなく体はすりあわされ、他人の臓器に体の奥を探られる異様な興奮に精神をおかされる。
 そんなことを本当に俺は望んだのかとマルチェロは問い返す。寝静まった修道院の夜半、高い塀に囲まれた空き地に立って。裸身にうすものを引っ掛けただけの体はまだ熱を帯び、冬の厳しい寒気も少年の域を脱し始めたばかりの痩せた体に牙を立てない。月光は無残なまでに明るく、その光はマルチェロを陰影で彩り、厳しくうつむく顔を照らし出した。
 体の奥から熱の名残はしとどに溢れて足を伝う。いっそ手荒に扱われればよかったと、マルチェロは騎士団長の愛撫の手際のよさを憎む。苦痛になら嘲笑になら耐えるのはまだ難しくはない。少なくともなれている。だが年配の騎士の愛撫は巧みで熱に不慣れな体はたやすく翻弄された。あげた声、示したしぐさを思いかえすことこそ耐え難い。
 徳高い院長オディロは、実務面に限っていえば無能といってよかった。代わって院内を取り仕切る騎士団長は温厚で金銭についてはおおむね潔白であり、衆道の悪癖に染まっているという欠点はあるものの、修道院を率いるに足りるとみられていた。またその悪癖も、男ばかりの集団生活とあって必要悪として認められる程度のもの。稚児を手篭めにするわけでもなく、秀でたものをそば仕えとして親身に育てる態度には賞賛さえ向けられている。
 だがマルチェロは、その申し出を長い間断り続けていた。オディロの庇護の下、静かに学び静かに生きること以外には望むことなどなかったからだ。そのことで別段冷ややかに扱われることもなかった。一介の修道士として生きていくのだと信じていた。
 そうだ、信じていたのだ。銀の髪の子供が来るまでは。オディロの部屋の、彼が座っていた低い木の椅子にその子供が座り、彼がそうしていたように安心しきった顔で老院長と他愛もない会話を交わすのを見るまでは。息が詰まるほどの恐れとともに自問したのだ。 また逃げねばならないのかと自問したのだ。また魔物の恐怖に怯え、飢えの恐怖に震えてあの長い闇をひた走りに走らねばならないのか。今度こそ救いはない。
 牙を手に入れるのだ、爪を。放逐されるのではなく、放逐しよう。傷ついた獣のように震えながら自身に語りかけた。奪われるのでなく奪い、傷つくのではなく傷つけるものになるのだ。誰にも利用されず誰にも支配されないものにならなければならない。
 月光が降ってくる。マルチェロは重い体でたどりついた空き地の隅の井戸をのぞきこむ。深い闇の底の水面から同じ顔が見返してきた。しばらくその顔を見つめていたが、ふいに地面から己が体を引き剥がすようにして立ち上がると、つるべを引き上げて、汲み上げたままの氷のように冷たい水を全身に叩きつけた。一度、二度。千の針を突き立てたような冷たさは、繰り返すうちに感じなくなった。震えているのは寒さのせいだ。体の芯に残る熱が消え、残滓がすっかり消えてようやく、マルチェロはその手を止めた。
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