Dragons in the Darkness....

 扉の開く音がマルチェロを眠りに似た思いから呼び戻した。闇の中では日々を数えるすべさえないが、囚われてすでに数日が経っていると思われた。前法皇の殺害と暗黒神の復活を助けたという二つの大罪に問われているにもかかわらず、裁きが行われる気配はない。もとより、わかりきっていたことではあった。手を汚すことのない高位のお歴々が、教会の汚辱にまみれた内情を知り過ぎた男をみすみす公の場に立たせるはずもない。そしてそれなら来訪者の役目はわかりきったことだ。マルチェロは鉄扉の間から射した光から顔を背けた。手足を縛る鎖の鳴る音がした。
 壮麗なサヴェッラ大聖堂の地底深く、長い曲がりくねった通路と三叉の刻まれた鉄の扉の奥に牢獄があることを知るものは少ない。堅牢無比な石の牢は煉獄島さえその任に堪えぬいわくつきの囚人の拘束を役目としていたが、実際にそうした罪の犯されたことは長い教会の歴史の中でもまれであった。そしてそうした罪びとの多くは闇に葬られ、許され再び空を仰いだものはさらにまれ。だが逃走に成功したものこそ絶無であった。
 長く闇にいたマルチェロの目は灯火の光に焼かれ、冷たい石床に座ったままで瞬きするあいだ声も音もなかった。かすかな衣擦れを聞く限りでは、来訪者は扉の前に立ち止まっていると思われた。
「――どうした」  マルチェロは乾いた声で囁いた。
「今ならたやすく殺せるぞ」
 答えはなかった。手足を鎖につながれたものを殺すに急ぐこともないということなのか、とマルチェロは自嘲をこめて笑い、細めた目で相手を見た。ぼんやりとした視界に浮かんだものは黒。法皇の鎌と呼ばれる処刑人の黒衣は予想のうちだ。無言のまま立つうち、ゆっくりと黒衣が近づいてきた。数歩の距離を置いて歩みを止めた相手は長身。ようやく光に慣れ始めた目で黒い布の影に隠れた顔を見て、マルチェロはかすかに眉を上げた。その耳に低い声が届いた。
「我らの道ここに相交わりぬ。まこと神は称うべきかな」
くぐもった声がささやき、黒衣の僧侶の長い指が十字を切った。マルチェロは唇を歪め、石の壁にすがりよろめきつつ立ち上がった。
「人みな己が運命に出会うと聖典にいう。だが黒い運命をも感謝とともに迎えよとは誰も言わなかったな」
 黒衣の僧はフードをいっそう目深にかぶった。
「――黒衣が不吉と言い慣わされていることは否定いたしませぬ」
 マルチェロは緑の両目を細めて、答えを返そうとはしなかった。僧侶は進み出た。背丈なら長身のマルチェロにはわずかに及ばぬ。
「失礼を」
 僧侶は身を屈めてマルチェロの腕を縛る枷の鍵を右左と外した。マルチェロは我知らず嘆息を漏らした。腕は硬い枷で青く擦り切れ、指でさすれば記憶にあるよりも細いよう。
「どうぞ」
 顔を上げると、僧が水差しとたらいを床に置いたところだった。
「沐浴の用意をお持ちしております。着替えもこれに」
「…気の利く」
 マルチェロは呟く。省みれば囚われた日の戦闘の激しさのままにずたずたに裂けた騎士団の青い制服は、血で赤茶に染まっている。それだけの血を流しつつ、傷の治療もされずに放り込まれた牢でそのまま死ななかったのは、ひとえに心得ていた治癒の呪文の効果によった。だが闇の中で唱え続けていた呪文ですでに魔力は底を尽き、あてがわれたパンに手をつけなかったせいで、体力も底に近い。マルチェロは苛立たしげに笑った。
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