About Feanor....

【3】
 妙に愛されているのである。誰がってフェアノールが。ネアダネルの離反にはどうにもメルコールの陰謀と影響が見え隠れするから、単純に愛想をつかされたとは考えにくい。父フィンウェに冠を捨てさせるほど愛されている。七人も息子がいるんだから一人ぐらい離反してよさそうなもんなのに一人残らず運命をともにしている。ヴァラールまで暗闇でメソメソするぐらいフェアノールの離反にショックを受けている。
 単に優秀だからというのではこうはいかない。生来の激しさや情熱、幸福とはいえない生い立ちさえ、おそらくメルコールの現れる前までのフェアノールの中で良い形で回転し噛み合っていたのではないだろうか。洞察力の鋭さと悲しみ多かった生い立ちは側にあるものたちへの憐れみや理解、共感となってあらわれただろうし、激しい気質は職人として良いものを作る情熱に昇華され、また誰も行かないアマンの地の辺境を探求させて貴重な知識を求めさせた。弟子を取ったり教えることに情熱を見出すことは、不死の種族にしてみればもっと先の時期に思うことだっただろう。
 おそらくフェアノールは、身近のよく知りよく知られているものたちにとっては誇りであり、愛すべきものだったろう。ではなぜメルコールの出現は彼を変えたのか。
 フェアノールは母を通して置き忘れられるものの悲しみを知っていた。父の愛を失うと讒言が囁いたとき、フェアノールは理性的な思考や父への直接な問いかけといった検証を考えるよりさきに、まざまざと思い浮かべてしまったのだろう。置き忘れられもはや愛を失うということを。置き忘れられもはや愛されなくなった自身を。
 あるいは最初は信じなかったかもしれない。しかし妻との間に知らぬ間に存在するようになった亀裂と隙間を知ったとき、フェアノールはもはや信じられなくなったろう。種はずっと昔にまかれていた。フェアノールはかつて愛されたものが失われうるということ、忘れられうるということを知っていたのだ。疑いに疑い、何を見ても信じることができず、その疑いによってこそネアダネルは離反したのではないだろうか。
 そしてフェアノールはネアダネルの離反によって確信する。彼は妻を失ったと同じよう父も失うだろう。何もかも失うだろう。愛するものに愛されなくなるだろう。忘れられて思い起こされなくなるだろう。フェアノールは先取りされた悲しみと恐れを歪ませて剣を取り、元凶と信じたフィンゴルフィンに切っ先をつきつけた。
 そして追放。だが父フィンウェが来た。そして再びフェアノールは信じることを学んだ。フィンウェはまたミーリエルのことを愛さなくなったわけでも忘れたわけでもないことを息子に教えることができたかもしれない。それともフェアノールは信じきれず、どこかに疑いを抱え込んだままだっただろうか。だがその疑いは最も無慈悲な形で払拭される。
フィンウェはフェアノールが生み出した――確かにそれらは生きているから――宝玉を守って死んだ。フェアノールは信じただろう。揺るぎ無い愛は存在した。だが遅すぎる! 何もかも遅すぎた! このときフェアノールはもう失うものなどないと思ったろう。
「この地で我らは喜びを通って悲しみに至った。されば、かの地で悲しみを通って喜びに至る道を求めよう。せめて自由を」
 フェアノールが中つ国への帰還を口にしたとき、息子たちはそれぞれがそれぞれの愛と憎しみに惹かれて従うことを選んだに違いない。この強く誇り高い父に――あるいは弱くそれゆえ悲しみを知る父に――息子たちを深く愛する父に――従うことを。だが憎しみも結局その根幹は愛だっただろう。結局、兄弟は父と運命を分かつよりはともに行きたいと願ったのだ。だが彼らは知らねばならなかった。運命はそれぞれの道にそれぞれを運ぶ。
 フェアノールは憎しみによって歩むが、自分の歩みが何を意味するかを知っただろう。あるいは不意に知ったのかもしれない、あるとき――眼前に開けた風景にフェアノールは笑っただろうか、泣いただろうか。すべては良くなる。ノルドたちは己が血と涙もて戦い、漫然と永遠を生きるよりも刹那に多く生きるだろう。多くの歌が作られ、かつてなかった美がこの世界に加えられるだろう。――そして。だがサンゴロドリムは落ちない。
憎しみから企てられた雄図は、完結されることがない。悲しみを通って喜びに至る道はない。自由はない。よかろう、と、フェアノールは言わなかっただろうか。衰微するよりほかないなら衰微しよう。滅ぼされるよりほかないなら滅びよう。忘れ去られるなら忘れ去られるがいい。せめて衰微と滅びを抱きしめて我が物としよう。我が物と叫ぶがいい。そしてフェアノールは逝き、その魂は赤い炎となって天を翔けた。
 だがフェアノールは確かに息子たちに伝えたのだ。サンゴロドリムはエルダールの力によって落ちることはないと。攻撃は確実な死を意味すると。四百年以上の長きにわたったアングバンドの包囲は、彼らが自らの種族に与えた猶予期間ではなかっただろうか。
 
 
 
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