朝顔....

 八月の真昼、陽炎は揺らめき、いつもは涼しい聖堂の内部にさえ熱気はこもって息を詰まらせた。長い葬式のミサのあいだ、オディロは何度か足をもつれさせた。しかし周囲の危ぶむ声をよそに祈りを続け、最後まで役目を果たした。倒れたのはその直後だ。
「どうして誰も止めなかった! 院長のお齢を考えなかったのか!」
 夕刻、巡察から帰還するなり、騎士団長が修道士たちを叱り飛ばすのを背後に聞きながら、マルチェロは院長の住まいに駆け込んだ。丸天井の居室の寝台に小柄な老人が横たわり、数人の医師が周囲を取り巻いている。その一人を捕まえて、小声で囁いた。
「院長のご容態は?」
 医師は眉をくもらせ、寝台の方を見た。
「明日の朝まで持てば――」
 辛い時間が始まった。院長の回復を祈るため修道僧たちも騎士たちも各々の房に散ったが、マルチェロは病室を追われても館の周辺を動けなかった。冷静沈着と将来を嘱望される騎士見習いの面目はなかった。壁に身を寄せ顔を覆って愚か者のようにうずくまり、混乱と不安は波のように次々と押し寄せ、胸ふたがれて祈ることさえできない。
「どうか、どうか父よ。父よ」
 苦しむようにときおり呼びかけ、また黙り込む。夕暮れが深まり夜が落ち、ようやく涼しい風が吹き始めても、マルチェロはそこから動かなかった。夜は深まり、三日月ははや沈んだ。星は永遠とも思えるほどの夜を刻みつつ移り、そして東の空が白んだ。
 マルチェロはまだそこにいた。壁に這う朝顔と同様、露に濡れ、青ざめて。そして弔鐘のついに響かなかったことに信じがたい思いで。のろのろと入った戸口では、疲れ果てた様子ながらも安堵を浮かべた医師が出迎えた。黙って部屋を横切り、寝台に近づくと、平静な様子でオディロが眠っている。震える手で手に触れると、温かかった。
 漏れかかる嗚咽を押し殺し、逃げるように館を走り出た。そして地に手をつき、深く頭を垂れて、むせび泣きながら朝を迎えつつある天の神に感謝を捧げた。
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