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草原は春の盛りの真昼。川を渡る空気は明るく温い風は光るよう。冬はどこに行った、と、誰にともなく尋ねてククールは足を投げ出して座り込んだ。すぐ傍らの草の上には兄が長々と寝そべっている。頬にまた額に目に光は輝いている。その鼻先に金色の蝶が止まるに至ってククールは笑った。さすがに目を開いたマルチェロの顔がいやにきょとんとして見えたので。 「なかなか似合ってるよ」 背をかがめて顔を近づければ、表情筋を動かしもならないマルチェロが物問いたげに見上げてくる。蝶は翼はゆっくりと閉じては開いた。マルチェロの目が一度瞬くと、その緑柱石の瞳は陽光を受けて輝き、影などかつて知らぬよう。蝶はかすかな音させて羽ばたき、ふいと気まぐれに飛び立った。 「逃げてしまった」 マルチェロの囁きにククールは笑った。吐息を食むよう唇を近づけながら口付けを盗むことは差し控えた。それは多分、蝶を驚かせるだけではすむまいから。手を伸ばしてその額に置く。捕まえてしまえばそれだけのものだ。秀でた額の湾曲を手のひらに知る。この有限の丸い箱の中に。ただこれだけの箱に。 「――『おまえはそこにひとつの永遠が仕舞われているのを見るであろう。それは果てしなくまた始まりも終わりもないだろう』」 ククールは囁いた。マルチェロは囚われたまま笑って後を引き取って続けた。 「『有限のうちに無限があり、瞬間のうちに永遠が収められた。まことに神はそのような奇跡をなす方である』」 前触れもなくククールのうちに一つの感情が弾けた。すがるよう兄の粗末な麻の衣の胸倉をつかまえ、顔を埋める。執行猶予の期間はもう終わりに近く、法皇ニノとの約束の期日まではあとわずかに幾日。影はすでに兄の胸のうちに畳み込まれてしまった。この静謐、静穏はその証だ。あんたはどうする気だとその言葉だけ口に出せずにここまできてしまった。 大きな両腕が伸びてきて、痛みに似た思いに取り付かれたククールを優しく包み取った。その手は髪を撫で、子どもをあやすようだ。 「春の盛り、その真昼の時に目覚めよ。 世に悲しみのありしことなきがごとき喜びの祝宴を見よ。 そはまこと、汝が永遠の家の思い出となり深き喜びの源泉となるならん」 マルチェロの低い声の詠う祈りが、ククールの苦い耳に響いてきた。 |