Lost Soul....

 マルチェロはもはや問わない。罪は彼のものであった。それはよりどころでありかけがえのないものであった。どこにもない故郷のように近しく、かつてあったことのない伴侶のように手放しえぬものであった。
「裁くがいい。私はいかなる救いも許しも求めぬ。生きてきたように死ぬ」
 あるものはその言葉を不遜といい、あるものは罪だと言った。だがそうした言葉はマルチェロに届かない。彼は断崖の果てに行くことを決めた。この世にはもう願いも望みもない。かかる橋もない胸壁のごとく孤立しているマルチェロを指して、この男は生きながら死んでいるのだと、年老いた僧侶の一人が言った。
 
 闇の中に星の形して五本の蝋燭が浮かび、中央に縄打たれたマルチェロが、それでも頭を掲げて立っていた。彼はこれから起きることを全て見ることを強く決意している。
 低い呪詛が高い天井に響き始めた。蝋燭を掲げる五人の枢機卿がしきたりに則り、人々の永遠の営みと彼らの魂の救いからマルチェロを切り離そうというのだ。それが迷信であろうとなかろうと、そう決意するに至るまでに多くの心が要した逡巡と議論がそのまま儀式の真実であろう。古い聖堂の窓は塗られ扉は閉ざされ、はるかに離れた村では恐るべき儀式の恐怖があふれ出さぬよう鐘を鳴らし続けている。
 長い長い呪詛が終わった。燭台の石突が石の床に叩きつけられ、炎が震えた。だがマルチェロはわずかも揺るがぬ。ことさら老いた声が。
「魂は失われた。かつてマルチェロと呼ばれた魂は失われた」
 まだその響きが大気中から失せぬ間に、四つの声が唱和した。
「悲しみとともに我らは証する。もはやなし」
 一斉に炎は吹き消され、闇が落ちた。
 
 石突を突いて、足音が遠ざかり始めた。マルチェロは口を開いた。
「私は死んだ。だが真実はとうに死んでいた。
 神に願うことがあれば一つだ。そうとも、生まれなどせねばよかった!」
 答えはない。これより先、人の世にマルチェロは存在せぬ。誰もその声を聞いてはならず、その目を見てはならず、触れられても応えてはならない。この古い教会も五人の老僧の退出の後に塗りこめられる。
 そして再びマルチェロは自らの発言通り死者のごとく沈黙し、言葉を発することはなかった。闇は百年を超えてなお深く暗くこの家に落ちた。
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