Morning....

  目覚めよ、祈りは眠りにまさる。
  祈りは眠りにまさる。いざ、立ち出でて祈りにつけ。
 
 マルチェロは目を開いた。朝を告げるのは森の向こうの教会の鐘だ。遠いマイエラの朝そのままに、澄んだ音色は春の朝を渡ってくる。言葉にもならぬ懐かしさに、寝台に座ったままじっと身じろぎもしないでいると、傍らに人の気配の寄るのを感じた。
「ククール、おまえか…?」
 振り返らずに問う。それ以外に誰もここにはいないことは知っていた。常に寄り添っていた悲しみもない。憎しみも。ながいあいだ希望であり願いであると信じていたそれらが、実のところは躓きの石であり足を噛んだ罠であったと知ったのはつい先ごろだ。返事のないまま肩の上にひとつの手が置かれた。マルチェロは少し笑い、その上に自分の手を重ねた。
 
 
  曙光は射し初めぬ。見よ、燦爛と露は輝く。
  これぞ奇跡ならんや。夜は今ぞ明くる。
 
 
 すがるようにまたどこにも行くなと訴えるように、ククールの腕は背後からマルチェロを抱きすくめる。マルチェロは黙ってさせておいた。窓の外で黎明は布をはぐように朝に変わってゆく。鐘は高く響いた。教会では祈りが唱えられ、清めが行われていることだろう。石の壁の内にどのような暗い思いが巣食っていたとしてもと、マルチェロは考える。鐘の音は澄んでいた。
 長い暗闇の日々のあとで、洗い漱がれたように暗い想念は去った。だが罪はどうだ。犯された罪は世界の傷。癒えはしても消えはせぬ。そして己の上にはあまりにも多くの罪がある。償いはなされねばならぬ、と、マルチェロは己に告げた。常にそうであったよう、己にもまた今や愛するに至った弟にも、刃のごとく峻厳として。
 
 
  新たなる朝ぞ、喜びに満ちて祈れ。
  太陽は日々に新しく、楽の音のごとく生まれ出でり。
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