Spring day....

 石の家の周囲に広がるまばらな林には、刻んだような奇妙な小道がある。裏の破れ扉を出てしばらくまっすぐ南に向かい、離れ松で折り返して林に戻ると、あとは複雑な幾何学文様。木々の間を不規則に巡って北に抜け、短い草に覆われた丘を一周して石の家の表に帰る。
 小道は石の家に住む男の長い祈りだ。朝となく昼となく夜となく、荒い毛織の衣に身を包み古ぼけたロザリオを手繰りつつ歩き続けた足が地に刻んだ。地位を失い名と心を失い、いかなる祈祷の文句も口にすることのない厳しい面差しの男は、そのように祈りを祈る。
 ククールは石の家を出た。彼は僧の名を知っている。かつて騎士団長と呼ばれ、一度は法王とも呼ばれ、今なおその行方を訪ねられることの多い名だ。それは彼の兄の名でもある。ククールは林を抜けて丘に向かった。太陽が天の高みにあるこの時、同じく正確に運行する兄が必ずそのあたりにいることを知っているからだ。石の家と兄を探し当ててから、もうそうしたことをすっかり飲み込むほど長い時間が過ぎていた。数えれば三月。季節なら冬が春に代わるまで。雪と氷は去り、足の下で緑の草が香る。
 凍てつく冬のあいだ、兄弟は手を伸ばせば触れられる距離にありながら、異なる世界に属するよう重なることがなかった。当初はいらだちにさいなまれ、応えぬ背に向けて声を荒げることもあったククールも、そのうちに語りかけることをやめた。氷雪のうちに絶望は育ち、もう長い間、ククールはただ願いを抱いてその背を見つめるだけだった。修道院の石の壁の内側で願っていたのと同じことを願っていた。どうかこちらを向いて。俺の名を呼んで。そして兄はその願いに応えることがなかった――かつてと同じく。
 ククールは銀髪を吹き流して丘に登った。太陽は晴れやかに頭上にかかり、草いきれを含んだ温かな風が吹いてくる。世界はすでに闇を忘れ、暗黒神を忘れた。邪悪を忘れ、恐怖を忘れた。このような真昼、悪も悪を拒むすべての策ものどかに眠り、なべて世はこともない。草を伸ばし始めた茂みには丸々と太ったプリズニャンが一腹の仔とともに午睡し、黄色い蝶がその耳のあたりをひらひらと飛び去ってゆく。見上げれば蒼穹のその高さよ。だが丘の下には長身の影が行く。
「――あんたきっと、春が来たことにも気づいてないんだろ」
 アホだなあ、と呟いて、ふいにククールは決めた。決めさせたのは春の暖かさであったかもしれぬ。太陽の明るさだったかもしれぬ。あるいは長いあいだ土に埋もれていた種子が、その瞬間にたまさか顔を出したというだけだったのかもしれぬ。ククールは笑い、走り始めた。兄をその手に捕まえ、抱きしめなければならない。
 そうだ、今すぐ春を告げよう。
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