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フェアノールは、ネアダネルの膝から末の双子のひとりを抱き取った。作り物のような小さい顔の中で明るい灰色の目が驚いたように父親を見上げ、小さな唇はすこしばかりつばを飛ばしながら何事か呟いた。薄い産毛は母親と同じ明るい赤銅色をしている。 「これは……」 しばらくその顔をまじまじと見て、フェアノールはしまいに唸った。 「アムロドですわ」 ネアダネルは双子のもう一方の片割れ、アムラスに乳を含ませながら笑う。窓からは金銀の混じる柔らかな光がさしていた。静かな居間にはほかに誰もいない。 「母親というのは偉いものだな。私はただでさえ赤ん坊は見分けがつかん。双子では……皆目だな」 炉の炎のつけた傷と火傷だらけの武骨で器用な手で、フェアノールはアムロドの両脇を支えて抱き上げ、小さな顔に顔を近づけた。赤ん坊は高い声を上げて笑い、父の頬に匙ほどの手をくっつけた。小さな足がばたばたと宙を蹴る。 「暴れているな、こいつめ」 フェアノールは目を細めて笑い、末子の額に口付けした。アムロドはうれしがって小さな拳を握り、元気よく振り回した。 「あまりやんちゃが過ぎると、飲んだばかりのお乳を吐きますよ、殿。気をつけてやってください」 「わかっておる――おや、やられた」 フェアノールは、赤ん坊を抱きなおそうとして長い黒髪の額の辺りの一房を掴まれているのに気付いた。小さな手はそれでもきっちりと髪を掴み、握りこんで離れない。 「七人が七人とも、父親に同じことをする。ネアダネル、おまえの夫を助けておくれ。捕虜になってしまったよ」 「あら、あら」 夢中で乳を頬張るアムラスを腕に抱いて、ネアダネルは声を上げて笑った。 遠くでぱたんと扉が開く音がした。続いて廊下を足音が駆けてくる。一つではない。 「誰か来ますわ。賑やかでけっこうですこと」 「私は工房に戻らねばならないのだがな」 フェアノールは、髪を掴んだ手を容赦なく振り回す末子を抱いてためいきをついた。 「たまにはよろしいじゃございませんか」 愛想よくネアダネルは夫に言った瞬間、ばん、と勢い良く扉が開かれた。走り出てきたのは赤味がかった金髪を肩で切り揃えた三男ケレゴルムとその後ろにくっついた五男のクルフィンという、フェアノールの七人の息子たちのうちでも一番何をしでかすかわからない二人、少し遅れて後ろにお目付け役の長兄マイズロスが慌てて飛びこんできた。 「とうさま、かあさま! ぼくね!」 「ケレゴルムがね!」 頬を赤くしたケレゴルムが叫び、クルフィンが声を振り絞る。 「待て、二人とも!」 マイズロスも叫んだ。 「ほら!」 双子を抱いた両親が事情を飲み込む暇もマイズロスの伸ばした手が止める隙もなく、ケレゴルムの手から、大人の拳ほどの大きさの灰色の塊が勢い良くはねる。 「ウサギだよ!」 クルフィンが飛びあがって叫んだ。 灰色のウサギは大きく跳ねて追いかけるマイズロスの手をかいくぐり、よけようとしたフェアノールの足をもつれさせてしりもちをつかせると、その前の床に着地した。 「な……」 アムロドを落さないように頭の上に支えながら、フェアノールは呆然と灰色のウサギを見た。その耳の横で、なぜだかひどくこの状況を喜んだアムロドが、父親の髪をまた手ひどくひっぱって甲高い声をあげた。よほど慌てているのか、長い耳をたてたウサギはその叫びを合図にまた床を蹴ってぽんと飛びあがる。 「まあ」 ネアダネルはさして慌てもせずに、ようやく乳を飲み終わったアムラスの背をぽんぽんと叩いた。大人しい赤ん坊は機嫌よく小さなげっぷをして満足の意を表した。 「すみません父上、母上。すぐ――」 すばしこく逃げ回るウサギを母譲りの赤毛を乱して追いかけながらマイズロスが叫んだ。 「ケレゴルム、クルフィン! おまえたちも手伝え!」 騒ぎの元凶となった年下の二人は名前を呼びたてられてウサギ狩りに乗り出したものの、三人がかりでも、ウサギはなかなかつかまらない。三人の中で一番俊敏で一度はウサギを部屋の隅に追い詰めたケレゴルムも、つかみかかったところで頭上を飛び越され、壁にしたたか額を打ちつけた。その頭を越えてきたところを捕まえようと手を伸ばしたクルフィンは後ろ足の猛然とした蹴りを顎に食らってひっくり返った。 「く……こうなったら」 弟たちのあえない敗北を見届けマイズロスは羽織っていた薄手の上着を脱ぐと、両手に構えてじりじりとウサギに迫った。ぶーふーと鼻息をたて、小さい獣は扉の方に後ずさる。マイズロスは扉が細く開いたままなのに気付いた。 「しまっ……」 みなまで言わせず、ウサギがぴょんと飛びあがる。そのとき、扉が大きく開いた。 |