Fire....

 冬のマイエラ地方では、風は北東の山脈から海に向かって吹く。凍えるような冷たい風は鈍色の空を運び、川の重なるところにある修道院より先の小島や半島の海辺を覆う葦原を寂しく吹き鳴らして住人の思いを暗くした。
 マルチェロを隊長とする聖堂騎士の小隊が北の大陸から戻ったのは冬の最中だった。秋の終わりに荒地に住み着いた魔狼の掃討のため修道院を発ってから七日。複雑な地形を利用して追跡を巧みにかわし、物陰から不意に現れては手こずらせる狡知に長けた魔狼の群には、あるいは八人ぎりの小隊では神の剣たるマイエラの騎士たちも手に負こずったかもしれぬ。
 魔狼の群にとっての不運は、マルチェロがこの小隊を率いていたことだ。若い隊長はいかなる局面でも退くことを潔しとはしなかったし、配下の騎士たちは限りなく峻厳また公正な隊長の指揮のもと、狼の群を追う狼のごとく粛々と従った。つまり手短に述べればかくのごとし。斥候が突き止めた魔狼の巣穴に燻る生木が押し込まれた。煙に追い出された群の巨大な首魁はマルチェロが一騎打ちで仕留め、騎士たちは剣をもって群の最後の一匹まで殺し尽くして禍根を断った。マルチェロはこれでもう幾度目か、隊長の任務を上首尾のうちに終えたのだ。ポルトリンクで出航を待つ夜に、それでは足りぬ、十分では足りぬと静かに嘯くものがいたのはまた別のことだ。
「隊長、マイエラからの使いが参っております」
 騎士の一人の報せに、マルチェロは顔を上げた。船はようやく南の大陸の岸辺に着き、騎士たちは馬や武具、道具類を下すのに忙しい。船上で作業の指図をしていたマルチェロは騎士の指さす方に視線を向けて眉を寄せた。桟橋の上に赤い服が見える。夕暮れ近い濁った空にさえ澄んで光る長い銀髪を見れば問わずともそれが誰かはわかった。
「――何用だ」
「隊長にお話すると申しております」
 マルチェロは黙って黙って長いマントを翻した。揺れる桟橋を踏んで近づき、正面から赤い騎士服の弟を見据えた。
「簡潔に」
 口を開くよりさき牽制を受けた銀髪の少年が、斬りつけられでもしたようにひるむのをマルチェロは黙って見た。その青い目が伏せられ、その唇がかすかに震えて感情の波を押し殺し、そして開いてかすれた声が告げるまで。
「マルチェロ隊長に我らが聖堂騎士団長の命令をお伝えいたします。先夜修道院に押し入った賊は寄付金の黄金の袋を盗み、北へと逃げた。隊長にあっては配下の騎士を率いて捜し、見出し、取り戻せ。以上です」
 いかにも簡潔な命令だ。だが十人足らずの小隊で実行するとなればまた別。それでも命令は果たされねばならぬ。マルチェロは眉ひとつ動かさない。
「ご苦労だった、聖堂騎士団員ククール」
 短く言って相手が立ち去るのを待ったが、ククールは困ったように身じろぎするばかりで動こうとしない。問う視線で一瞥すると、覚悟を決めたように拳を握り、視線を返した。
「マルチェロ隊長をお助けするよう、言いつかっております」
 無用、と言うよりはやく、ククールが急いで続けた。
「――オディロ院長に」
 マルチェロはしばし黙した。ククールは目を伏せて足元を見ている。ふつふつとして嫌悪と怒りが自らのうちに渦巻くのをマルチェロは苦い思いで自覚した。完璧な騎士、衆に優れた統率者を目指すうえで、足を引っ張りかねない激情をこの弟は引き起こすのだ。だがすんでのところで押さえつけ、静かに言った。
「よかろう、騎士団員ククール。副隊長のもとへ行って命令を待て。今夜はここに留まることになろう」
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