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法皇の館の周囲を廻る薔薇庭園は六月の花の盛り、もっとも美しい季節にある。その風景の最中にマルチェロは立っていた。このとき天は明るいまま、激しい音とともに驟雨を注ぎ、庭園の中の小聖堂を守る騎士見習いの少年の背をしとどに濡らしてくる。温かな雨滴の散らした色鮮やかな花びらは微動だにしない青衣の肩に背に落ちて彩った。 際限もない雨の響きが弱まり、ふいに止んだ。見上げれば雨を降らせた雲は過ぎ去りゆくところ。マルチェロは顔を拭った。西方から遅い午後の黄金の光が走ってくる。 「――待たせたのう、マルチェロ」 振り返ると、用事を終えたオディロが、杖にすがって戸口を開けたところだった。背後に法皇の厳しい顔ものぞいている。オディロは驚いたようにマルチェロを見て呟いた。 「気づかなんだ、雨が降ったのか。かわいそうに、ずぶ濡れではないか」 案じるように視線をこちらに返す小柄な老人の顔に明るい光がかかり、その額と深い瞳を輝かせた。その様子はなにか巨大で神々しいものの手がそっと触れるよう。慈愛深い老人がそのようにして神にすら愛されることに少しの不思議もないよう思われた。 「ご案じなさいますな、マルチェロは頑健でございます」 マルチェロは答えて膝をつき、手早く袖を抜いた青い上着を敷石に敷いた。そこはちょうど窪みになっており、雨滴が集まってぬかるみを作っていたので、年老いたオディロのおぼつかぬ足を濡らすかもしれないと思ったからだ。そのまま頭を垂れ、院長が歩みだすのを待ったが、動き出す気配はない。いぶかしんで顔を上げた。 「――オディロさま?」 見上げたオディロは、哀れみとも慈しみともつかぬ表情をたたえていた。そのまま動かずにいると、骨ばった細い指が伸びてくる。 「いと高き庭に青薔薇を咲かせし子に幸いあれ」 老人の与えた祝福にマルチェロは目を閉じた。その額を頬を夕暮れの光が飾り、その背の彼方にあるはずの夕闇はこのとき知られなかった。 |