空木....

 五月の終わりの陽光を受け止めて、梢は静かに輝いている。木漏れ日とともに木に咲く白い花が絶え間なく降って、温かい雪かなにかのようだ。マルチェロは木にもたれかかってうつらうつらと眠気と遊んでいる。薫る風は額にかかった髪を揺らし、手の本をぱらぱらとめくり、子供から少年へと移り行く途中の関節ばかりごつごつとしたとした身体を衣の上から撫して吹き抜けてゆく。
「気持ちよさそうに寝る子じゃのう」
 拾い子をのぞきこみ、オディロはにこにこと笑った。眠りこむのも無理のないことだ。終夜灯火を頼りに夜ごと書庫にこもって本を読んでいれば。昼には昼で勤めと乗馬と剣の稽古に明け暮れる日を送っていれば。がむしゃらな日々は少年の特権だが、それにしてもマルチェロの激しさは飛びぬけていた。
 だからといって修道院の厳正な秩序を思えば、一見習いの身のマルチェロを湖畔への遠出に一日つきあわせていいということにもならぬのであろうが、と考えながら、オディロは少年の横に腰掛ける。なめらかな樹木の幹に背をもたせかければ、ひんやりとして心地よい。斜面を下ったところに湖が輝きつつ横たわっているのが見えた。
 緑に装われた野には絵の具を散らしたよう花が咲き、蝶が通り過ぎていく。高い空を鷲が円を描いて飛び、くぐもった鳥の声が谷間に響いた。美しい日であった。
「よい日じゃ」
 オディロもまたうっとりとするような眠気に半ば目を閉じつつ囁いた。
「今日は、神がここにおられるようじゃな」
 そしてことんと眠り込み、背丈ではもうとうに追い越された拾い子の肩に頭を預けた。天使の羽を思わせて、白い花は降り続けた。
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