|
銀の月が西の空に沈んだ。暗い天に輝く星はメネルカマール、エレンミーレ。ハレスは疲れきった手足を浅瀬に投げ出し、耳元に流れる水音を聞きながらただ横たわっていた。心地よかった。守らねばならぬものを背にかくまい、苦しみばかり多く、身動きも自由にならなかった戦いが嘘のようだった。すぐにでも立ち、森の中に逃げ込んだオークたちをまだ追っていけそうな気さえしていた。 「豪勇の娘よ、大事ないか?」 上から降ってきた銀の鈴振るような涼しい声に、ハレスは視線だけをそちらに向けた。顔の横を澄んだ川の水が流れていく。岸辺に立っているのは銀に身を鎧ったエルダールの公子だ。起き上がらなければとは思いはしたが、指一本動きそうになかった。 「――あなたは?」 水音がして、公子が近づく。遠かった顔が近くなる。水の中に膝をついたのだと知れた。 「ゲリオンの川辺サルゲリオンの領主、フェアノールの息子カランシアと覚え置け、娘よ。ヘレヴォルンのほとりの都にハルダドの使者が来て、援軍を求めた。七日前のことだ」 ああ、と、ハレスは呟いた。 「――手遅れではありませんでした」 「確かに。だが十分に早くもなかった――ハルダドは無事か?」 ハレスは目を閉じて静かに笑った。戦いの高揚は去り、消えない悲しみが戻ってきた。 「多くのものが死にました。残っているのはわずかな男と女子供ばかりです」 それからふと思いついて付け加えた。 「オークどもは?」 「森の中に兵士たちが追っていった」 カランシアは答え、ついで目を伏せて嘆息した。 「ハルダドは死んだか。勇気ある男だったが――哀れな」 低く呟かれた言葉に、ハレスは頭を振った。 「悲しみは尽きませぬ。ですが我らは生き延びました。彼らがどのように勇敢であったか、死のときまでも一歩も引かず戦ったか、我らは忘れることなく語り伝えましょう。そして私は生き残ったものたちを誇りに思います。偉大なエルダールの殿方にも劣らず」 カランシアは視線をハレスに向けた。ハレスもまた見た。 「誇り高い娘よ、そなたの瞳は凍てつく星のように苛烈で、燃えあがる炎のように激しい」 銀のようなエルダールの声が呼んだ。 「――名は?」 「ハレスと申します。父の名はハルダド、弟はハルダールと申しました。父と弟なき後、私が民を率い、戦いを指揮して参りました」 エルダールの公子は何も言わなかった。 「尊きエルダールの殿よ、我らをお救い下さいましたことを幾重にも深く感謝いたします。ハラディンの裔は永久にこの御恩を忘れず、殿の名を喜びと感謝をもっていついつまでも思い出すことでしょう」 頬に触れるものがあった。温かな手だった。ゆっくりと抱き起こされた。星の瞳はすぐ目の前にあった。ハレスの髪から、粗末な革の鎧から、音をたてて水が滴る。 「姫よ。私の遅れによって失われたものの償いをあなたは受け取るだろう」 ハレスはしばらくの間エルダールの公子を見つめた。それから目を閉じた。疲れていた。 「何もいりませぬ」 そして両腕を公子の首にめぐらし、身体を任せた。ひどく眠かった。 「泣かぬのか?」 軽々と運ばれながら、耳元で聞いた。夢うつつに笑い、首を振り、答える。 「――戦場で流した敵の血こそ涙でありました」 |