|
醒めやらぬ熱の中で、そのままカランシアを抱きしめていたマグロールは、身じろぎを感じて腕を緩めた。まだ焦点の定まっていない、ぼんやりとした眼差しが見上げてくる。ゆっくりと腰を引くと、聞き取れないほどのかすかなためいきが半ば開いた唇から漏れ、その身体がさざなみのように揺れた。赤い唇だと思う。 「――カランシア」 乱れた髪をその顔の上からそっとかきのける。汗で貼りついた髪は重たげで、あらわになった顔はまだ夢から醒めないもののよう、表情を取り戻していない。 「カランシア、聞け」 マグロールは囁いた。 「私とマイズロスがエイセル・イヴリンに行き叔父上の宴に連なってから戻ってくるまで。半月だ。――たかだか半月だ。誓え」 「ちか――う?」 かすれた声がこぼれた。まだ理解できないもののよう。その目は眠たげに閉じられる。 「丘陵からは一歩も北へ行かないと誓え。ヘレヴォルン湖にいてヒムリングに入るケレゴルムと山あいのクルフィンの後詰を務め、サルゲリオンと東ベレリアンドの守護に徹すると誓え。フェアノール王家の権威の代行者として振るまい、自らを死地に追いやらないと誓え」 少しの間があった。ふいに長い睫毛が揺れ薄い瞼が開いて、夜半の月を思わせる灰色の目が見上げてきた。これも父と同じ色だ。だが薄く官能を刷いた瞳はひどく甘い。その目が不意に笑い、赤く濡れていた唇が開いた。聞こえたのは言葉でも返答でもなく擦れた笑い声だ。笑いは止まらず、腕の中の身体が小刻みに震え始める。喉を逸らし身体を揺らして笑いつづけるカランシアの顔を、マグロールは苦々しい思いで見下ろしていた。 「――カランシア」 マグロールは笑い止まない弟の髪を掴んで手荒く引いた。痛みを感じたのか眉を寄せ、カランシアは矛を収めるよう笑いを収めてマグロールを見上げた。 「誓えだと? そう言ったのか、兄上」 「言った」 「誰に、何にかけてだ? マンウェ・スーリモにか? それともイルーヴァタールにか? だがもう世の諸力にも創造主にもかけた誓言は為した」 「父の名にかけて誓え。兄弟の絆にかけて誓え」 「――私は一度に二つの誓いはしない。手を放せ」 マグロールは髪を掴む手を緩めない。カランシアの瞳が乾き、冷ややかさが影のように浮かび上がってくる。刃のように。 「放せ、マグロール」 「――おまえが速やかに北に攻め進みたがっていることは知っている。だがさせぬ。誓え」 できる限りの平静を装いながら、マグロールは重ねて言った。叔父フィンゴルフィンの催す中つ国に渡った一族の再会の宴への招待を拒むことはできなかった。長兄マイズロスだけを行かせることもできなかった。そしてこの最も気性の荒い弟を連れていくことも。だから、今ここで喉を食い破られても後には引くつもりはなかった。 「いやだと言ったらどうする」 「半月はおろか、一月でも半年でも身動きできない体にしてやろう。この場でな」 マグロールの本気を感じ取ったのか、カランシアの顔からはすっと血の気が引いた。灰色の瞳が探るように見上げてくるのを感じながら、マグロールは唇の端を歪めた。 「――勝手なものだ」 長い沈黙を置いて、カランシアは歯軋りするように唸った。 「実の弟に寝間の相手をつとめさせ、そのうえ誓いを強いようとはな」 マグロールは弟の髪を掴んだ手に力を入れた。ぎりと音がしてカランシアの顔が歪む。 「誓え。でなくば今この場で両手足をへし折る」 沈黙が続いた。マグロールはカランシアの右腕を掴んだ。蒼白な顔が笑った。 「――折れ」 「よく言った」 マグロールは歯をむき出して唸った。 |