弟→兄考察....5

【ゴルドイベント】
「あんたの憎しみは俺にはどうしようもない。あんたにだって俺の気持ちはどうしようもないだろう。なんだっていいけど、俺はあんたを死なせやしない」
 
 対決は、マルチェロよりもククールにとって多く対決であった。マルチェロはククールが壇上に上ったときにそれが誰か知ったにすぎないが、ククールは遥かに遥かに遠くからマルチェロの方に一歩ずつ歩いていって、ついにそこでたどり着いたからである。
 だからこそ壇上にあってより心乱れていたのはククールであったし、より強く葛藤を抱いていたのもククールであったろう。彼の精神は煉獄島で強まり、マルチェロを殺すかもしれないという考えに想像としては耐えたであろうが、実際に血を見ること、実際に苦悶の表情や裂かれる肉の音を聞くことはそれ以上のものだ。壇上で兄と向かい合って戦いながら、ククールは苦しんだだろうが、同時に相手が一人の人間に過ぎないこととを知っただろう。ある意味で、それまでククールはマルチェロを悪魔とも神ともしていたのだ。
 ククールはこのとき人間に過ぎないマルチェロを始めて見た。だがその人間とは自分とは別個のものだった。ククールはマルチェロに憎まれていることを受け入れ、同時に自分がそれでもマルチェロを愛していることを受け入れた。人間の高さで。
 兄の憎悪を受け入れたからこそククールはマルチェロの意向にかかわらずマルチェロを大穴から救うことができたのだし、それでも兄を愛している自分の愛情を知ったからこそククールは「最初の出会い」で自分が抱いた思いを相手に伝えることができた。その記憶はそれまで長い間ククールの自己の存立基盤であり、兄によって仮にも否定されればククール自身が根こそぎに崩れ落ちてしまう種類のものであったために、それまで面と向かって口に出されたことはなかったに違いない。だが壇上でククールが自分も相手も人間であり人間に過ぎないということを認めたために、その記憶は初めて光のもとに語られ、秘密であることをやめた。それで、ククールは呪縛から解き放たれて先に進むことができるようになったのである。その重要性に比べれば、投げられた指輪をククールがどのような思いで受け止めたかは、さして重大ではない。
 
 
 
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